お庭ばなし

本当にあった庭の思い出。

父とモグラ

皆さんは、生きたモグラを見たことがありますか?
昔、父の手の中にいたモグラはどうみてもぬいぐるみでした。
これは私が小学生の頃、実家の庭で起きたお話です。

 

「おーい!子ども達こーい!」

父の声が玄関からした。

庭仕事をしていた父は何か見つけると、こうして私達を呼ぶのだ。

めずらしく、玄関の中に入って呼ぶので急いで出ると

父は両手で何かを持っている。

にやにやと楽しそうな顔で。

 

モグラ捕まえたぞ」

「え?モグラ?」

私たちは興奮して庭にでた。

 

庭にモグラの穴があるのは知っている。

ぼこぼこと柔らかくなっているモグラの通り道らしい盛り上がった土を

靴で踏んで遊んでいた。

でも土の中にいるモグラを見た事は一度もない。

ちょっと庭を走る、とかそんな姿を見れるわけもなく

モグラといえば盛り上がった土のことだった。

 

父は庭の固い地面のところに立つとそっと手を開いた。

私はびっくりした。

土なんかついていない、つやつやのこげ茶色の毛並み。

ピンク色の鼻と短い手足。

父がモグラと呼んでいるそれは、どうみてもぬいぐるみにしか見えなかった。

 

「これ本当にモグラなの!?」

とアホなことを聞いたくらい、

ふわっふわの毛並みはぬいぐるみそのものだった。

 

「そうだよ~ほら」

ジタバタするそのぬいぐるみの顔を見せてくれた。

「ほとんど目は見えないんだ」

どこにあるのかわからないくらいのちいさい粒が

どうやら目らしい。

目も毛並み動揺のこげ茶でぱっと見は目がないように見える。

 

鼻をずっとぴくぴくさせて顔を動かしていたので、

確かに目は見えてないんだろうと思った。

触りたい、と言ったら逃げるからダメと言われた。

確かに、あんなにジタバタされたらびっくりして

私は逃がしてしまったと思う。

 

「面白いもんみせてやるぞ」

そういって、両手でモグラをもったまま父はしゃがんだ。

足元の地面にモグラを離すと

モグラはものすごい勢いでその土を掘り出した。

 

みるみる土が盛り上がっていく様子に驚いていると

「はーい!これ以上やるとやわらかい土に逃げるから」

といってまたモグラを捕まえた。

 

父はわざと、固い地面の上にモグラを離して

私たちにモグラが土を掘るところを見せてくれたらしい。

数か所、穴を掘らせて私達に見せたあとは

ぽいっとやわらかい土のほうに逃がしてしまった。

「可哀そうだからな」

 

あちらはおばあちゃんがこんにゃく芋を植えてるところだけどいいのかな、なんて思いつつ

やっぱり持ってみたかったと思ったのを覚えている。

おばあちゃんはこんにゃく芋をすごく大事にしていて

そこには絶対入っちゃいかん、と常に言われていたのだ。

 

それにしても両手の大きさに比べ、小さな顔。

漫画のように両手がぐるぐる回るようにうごいて

ものすごい速さで土に潜る。

そしてビロードの毛並み、とはまさに!

モグラの毛並みはつやつやでふわふわで本当に素晴らしかった。

 

私はあれ以来、生きたモグラを見たことが無い。

モグラの穴を全部潰したら出てくるかな、とひたすら踏んでみたけど

私はモグラの捕まえ方を編み出せなかった。

それにしても一体、父はどうやって生きたモグラを捕まえたのだろう?

父は数年前に亡くなってしまい、今となっては父流モグラの捕獲方法を知ることができないのが残念だ。

 

モグラは今も、あの庭にいるだろう。

あのつやつやの素晴らしい毛並みで。

 

それから数年後、猫がモグラを捕まえて母にプレゼントする、という事件が起きたのだがそれはまた今度。