お庭ばなし

本当にあった庭の思い出。

庭の雄鶏とは喧嘩する仲でした

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

~実家の庭の思い出話です。九州にある林のような庭で育ちました~

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「コケーッ!!」

雄叫びと共に飛びかかってくるニワトリ。

突然のことに振り返るのが遅くなってしまった。

なんか左のふともも裏が熱い。身体をひねって太ももを覗き込むと血が出ている。

「…は?」

玄関を開けて家に入ろうとしていた小学生の私が振り返ると

こちらをらんらんと睨みつけてくるニワトリと目があった。

 

一瞬、何がおきたか理解できなかったけどふと父の言葉を思い出した。

「雄鶏は発情期に襲い掛かってくるから気をつけろよ」

雄鶏、おんどり。オスのニワトリのことだ。

私をにらんでいるあのニワトリはオスだ。

どうやら人間の私を攻撃したらしい、と血が出てるのを見て理解した。

 

だってお父さん!気をつけろって言ったって。

私はただ歩いて家に入ろうとしただけなのに。

ニワトリ達はいつものように団体行動していて

庭の端から「ただいま~」って声をかけただけなのに。

雄鶏はわざわざ離れた場所からダッシュして私に襲い掛かってきたらしかった。

 

血を見た私はふつふつと怒りが湧いてきた。

当時の私はニワトリが可愛くて、せっせとご飯をあげたり

卵を取りにいったり、時々捕まえて抱っこしたり

子どもながらのお世話しているつもりでいた。

こいつ!

私がお世話してるのに!!

なんで!?

 

ニワトリがそんなに賢くないことは知っていた。

でも飛びかかってくるなんて!

赤いランドセルが良くなかったのか?

運悪く短パンをはいていた私は

雄鶏の爪でひっかかれ、太ももの裏に一筋の怪我を負わされたのだった。

こいつ!!

 

目を合わせたまま、ランドセルを家の中に放り投げた。

群れのリーダーであるこの雄鶏はけっこう大きい。

小学生の私からしたらちょっと怖いくらい。

ニワトリを捕まえることができた私だけど

この雄鶏は足が速くて警戒心も強く、捕まえたことがなかった。

 

私たちはにらみ合った。

あっちもまだまだやる気だ。

羽を少し浮かして

くわ~くわ~と唸っている。

 

こいつは一度倒さねばならない。

しかし私にはクチバシも長い爪もないのだ。

さてどうしたものか、と視線を走らせて目についたのが箒だった。

この間も完全にニワトリから目を離してない。

あいつは視線を外した瞬間また飛びかかってくる、とわかっていた。

 

箒は確認したが

室内用だからこれでニワトリを叩いたらお母さんに怒られるかな、

と一瞬悩んだ瞬間ニワトリの方が動いた。

もう迷ってられん!と箒を手に取り私は叫んだ。

 

「こらーっ!!!」

 

他になんか良い威嚇が無かったのかと思うけど、

小学生の私の口からはこれしか出てこなかった。

それでもまだ箒がなんなのかわかってないニワトリはバサッと羽を広げて

足を前に出し、私に向かって爪を向けてくる。

私はさっと横にずれてバシーン!とニワトリの背中を叩いた。

柄と逆の方だから大したダメージはないと思うけど

反撃されると思っていなかった雄鶏は驚いて叫んだ。

 

「コケーッ!!!??」

 

バサバサと羽で動揺をアピールしてくる。

しかし逃げない。

ちょっと離れて戦闘態勢のまま睨んでくる。

こいつ!!

 

なんとなく私は理解していた。

ここで舐められたら終わり。

ここで私のほうが強いと教えないと、

こいつはずっと私を襲ってくるようになるだろう。

 

今度はこちらから箒をかかげて向かっていった。

でも向こうはよく見ているのだ。

ただ箒を構えただけのはったりでは怖くもなんともないらしい。

ニワトリのこちらを攻撃するぞという態度は全然変わっていない。

ていうかじりじり近づいてくる。

 

ちょっと脅かすくらいじゃダメなんだ、と悟った私は

「この箒であんたを叩きのめすからね」という強い意思をもって箒を構えた。

軽くポン、と叩くつもりでは見抜かれてしまう。

怖くもなんともないのだこいつは。

やられる!という危機感を感じない限り

私は格下の烙印を押され、やつの攻撃対象から抜け出せないのだ。

 

その時の私は

侍が抜刀したかの如くの殺気を放っていたつもりだったが

はたからみれば箒をかかげた小学生の女の子がニワトリを叩こうとしているだけの図である。

 

当時の私もさすがにそれはわかっていたけど

もはや誰に見られても構わん、と思っていた。

いまこいつと本気で戦わねば、ずっと追いかけられるのだ。

 

覚悟を決めた私は踏み込み、同時に当時の全力で叩いた。

「コケーっ!!?」

2発目、ニワトリの動きも速い。

ひょいっとかわされ完全にヒットしていない。

それからはもう

必死で狙いを定めてバシバシ攻撃した。

声を出したほうが効果的だと思ったので、なんか叫んでたと思う。

 

そのうちニワトリも「こいつ、ずっとぶってくるじゃん!」と気が付いたらしい。

ついに背を向けて逃げ出した。

しめた!と追い打ちをかける。

奴はちょっと離れると隙を見てまた向かってくるからだ。

やはり最初に一撃くらってしまったのが悪かったらしい。

 

追いかけると逃げる。私が立ち止まる。

するとまたあいつがそろそろと歩き出し反撃のそぶりを見せる。

まだやるか!と箒を構え

全力で叩きに行く。

この繰り返し。

 近づいてこなくなるまで攻撃しようと思ったが

奴は私への攻撃を辞める気がない。

 

オンドリはしつこかった。

「もーいい加減にしろ~!!」

私は奴をニワトリ小屋に追いつめ、バシバシ連打した。

「コケー!!コケー!!」

この時、さすがに直撃は痛いだろうから、とちょっと手加減した。

でも他のニワトリもいたから、もう小屋は大騒ぎ。

 

ニワトリ小屋の騒ぎに気が付いた母が家から出てきたので

「おかあさーん!ニワトリがねー!!」と半べそで怪我を見せたことを覚えている。

 

さてはて

これでニワトリにも私のほうが強いとわかっただろう!と

やりきった感を感じていたが

このオンドリは翌朝、けろっとした顔で私に近づいてきた。

その距離と顔ぶり、羽の動きからし

「こいつ、隙あらば攻撃しようとしてる」とピンときた。

 

すかさず

「またぶつよ!!」

と怖い声を投げ、目で威嚇した。

 

すると奴は首を傾げ

「はあ?」という顔をしてきた。

腹がたった私はしれっと学校へいくそぶりで背中を向けかけたが

0.5秒で振り返った。

案の定、やつは私に飛びかかろうと羽をバサッとしている所だった。

「隙あり!」

 

ダンッ!!と踏み出してダッシュする私。

もちろん本気だ。

つかまえて羽むしってやる!という殺気だ。

「コケー!!」

しぶしぶ遠ざかるオンドリ。

周囲の雌鶏がケッコケッコと騒ぎながら奴についていく。 

 

奴とはそれ以来、庭で合ったらお互い視線でバチバチやる仲となった。

庭で奴の姿を確認したら、常に視界の端でキャッチしていた。

背中を見せたら襲ってくるから油断大敵。

 

しかしやられっぱなしでは面白くないので

私も彼にいやがらせをした。

群れのリーダーだった奴の目の前で、

ハーレムの一員(雌鶏)をさっと捕まえて抱っこしてみせるのだ。

可愛いね~となでなでしながらちらちら奴を見るのである。

するとオロオロしだすオンドリ。

 

どうしよう。攻撃したいな、でもなんかこいつ嫌だったよなという顔で見てくる。

迷ったあげく、よし!攻撃しよう!と近づいてきた瞬間

私は雌鶏を抱えたまま奴に向かって叫びながらダッシュする、

というしょうもないことをしていた。

 

ニワトリを可愛がっていた私だけど、

残念ながら一撃を受けてしまった時から、攻撃していい相手だと認識されてしまったのだ。

それからの私はとことん「怖いよ強いよ」を刷り込んだけど

奴は定期的にそれを忘れた。

何故わかるかというと、普通は近づいてこない距離まで近づいてこようとするのだ。

あ、こいつ攻撃していいんだったってふと思い出したような顔で

とっとこ向かいながら羽を広げ戦闘態勢に入っていくのである。

そのたび私はまたか、と思いながら「怖いよ強いよ」という威嚇をした。

 

このオンドリは私に野生のルールを教えてくれた先生だ。

動物は初動が大事だということ。

繰り返し刷り込むしかないということ。

本気で向き合わないとなめられるということ。

自分が動物的に行動する瞬間を体験させてくれた。

 

それ以外にもニワトリたちは狸に誘拐されてしまったり

順番に我が家の夕食になったりと

身をもって「命」について教えてくれた。 

 

今でもニワトリは好きだ。

いつかまた庭で放し飼いできたらいいなと思っている。

夕食にするのは無理だけど、

また喧嘩してもいいかなって思っている。

そんな気持ちが通じたのか、ある日野良ニワトリが我が家に住み着くのだが

その話はまたいつか。